はぐれ雲。
しかし、高校一年の冬。

両親が離婚した。理由はよくわからない。
きっとそれなりに何かあったのだろう。

達也は反対も賛成もしなかった。

ただ、父についていくか、母についていくか、悩んだ。

しかし、母と妹を残していけるはずもなく…

父の代わりに、長男である自分が母と妹を守らなければ、そう思った。

たとえ父と離れていても残してくれた剣道がある、そう言い聞かせて、父と別れた。


しかし、ここしばらく竹刀を握っていない。


「どうですか、あなたも」
ふいに声をかけられた。

振り返ると指導者らしき初老の男性がにこやかに立っている。

「いえ、僕は…」

「まあ、そう言わずに。振ってみてはいかがです」

そう言って、手に持っていた竹刀を達也に差し出した。

「はぁ…」

両手でそれを受け取ると、鏡に向かって構えてみた。

竹刀をゆっくり振りかぶる。

ブランクがあっても、体はしっかり覚えているものだ。

ビュッビュッと音をたてて、竹刀が空を切る。

気持ちいい、素直にそう思った。


「ほぉ、きれいな打ちですね。小さい頃からされてたのかな。どうです、もしお時間があるのでしたら、子どもたちに教えてやってもらえませんか。私みたいなおじさんより、あなたのような若い方のほうが、子どもたちも喜びます」

「とんでもないです。長い間やってませんし、教えるほどのものでもありません」

「いえいえ、あなたのような、真っ直ぐな剣道を子どもたちに教えてやってください。
あの子達は今焦って、勝つことばかりに気をとられています。技の美しさや、真っ直ぐな剣道には見向きもしなくてね」

二人は子どもたちに目をやった。

練習までのひととき、無邪気な顔でふざけあっている。


「結局、どんな状況下でも常に真っ直ぐな心で、真っ直ぐに打てる人間が勝つんですよ」

「同感です。恥ずかしながら、僕も昔は勝つことばかり考えていました。でもある試合をきっかけに、改めざるをえなくなりまして…」

その瞬間、達也の脳裏にすさまじい勢いで、ある試合の記憶が蘇る。

<そうだ、思い出した。彼だ。あの時の決勝戦で対戦した彼だ…高校一年の夏…>


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