はぐれ雲。
そして彼の話は楽しい。
子どもの頃の話や、家族の話をよくしてくれた。
お父さんが剣道の先生をしていたことや、5つ下に妹がいること。
中、高と生徒会長を務めていたことなど、おもしろおかしく話して笑わせてくれる。
そして両親が高一の冬に離婚し、妹と一緒に母に付いていったことも、包み隠さず話してくれた。
彼の、自分への気持ちを知らなかったわけではない。
好意を持ってくれていることはわかっていた。
そしてそんな達也に惹かれていく自分に博子は気付いていたが、それと同時に、「あの人」への思いがまだ強く残っていることも自覚していた。
さっきの達也の気持ちは嬉しい。
でも、自分の中にまだ「あの人」がいる限り、受け入れることはできない、そう思う。
博子は雑巾を固く固く、絞った。
加瀬達也への淡い想いをまるで自分の心から追い出すように、手に力をこめて、きつく絞った。
その日の練習はいつも通りのメニューをこなし、終了した。
博子は半ばボーッとしてしまい、ミスを連発して主将から何度も注意をされっぱなしだった。
「おい、葉山。体調でも悪いのか、おまえらしくないぞ」
「すみません!気をつけます」
面をかぶった達也が、こちらを見ているのがわかる。
博子は敢えてそちらを見ようとはしなかった。
「はぁ…」
溜息をつきながら片付けを終えると、彼女は道場の電気を消して外に出た。
そこでいつものように自分を待っていてくれる達也を見つけた。
正直、ここに彼がいないことを望んでいたのに。
博子を見るやいなや、達也は慌てて自転車をおりる。