はぐれ雲。
なぜか安心した。

彼に守られているように思えて。

<もうあの人のことは忘れても、いい…?>

誰に訊いたのか、博子自身にもわからない。

でも、「忘れたい」そう初めて思った瞬間だった。

達也の広くて大きな愛に包まれてみたい。

そう思ったから。


ふいに自転車を漕ぐ達也が、大きな声で叫んだ。

「やっぱりさっきの訂正!何十年も待つって言ったけど、おじいちゃんになるまでは待てないからな!」

達也の声が風にかき消された。

背中からつん、と汗の匂いがした。

<ああ、この人も同じ匂いがする…「あの人」と…>


それから達也と博子は少しずつお互いの距離を縮めていった。

映画にも、花火大会にも行った。
周りの恋人たちと同じように、二人は静かにゆっくりと愛を育む。

達也はいつも博子の心のペースに合わせてくれた。

アキラや真梨子には進展が遅いとからかわれたが、達也はいつも待ってくれる。

彼女は彼の優しい愛に包まれていた。
激しく求め合うものではなく、まるで穏やかな海のような…


二人で迎える初めてのクリスマス。

イルミネーションのきらめく光の中で、博子は達也を待った。

身を切るような冷たい風の中で、今か今かと彼を待つ。

人混みの向こうで手を振る達也を見つけると、博子も笑顔で手を振り返す。

「ごめん、寒かっただろ」

走ってきた彼は、博子を見るなり噴き出した。

「鼻水でてるよ」

「やだっ」

慌ててハンカチで押さえたが、達也は腹をかかえて笑っている。

<もう!せっかくのデートが台無し!>

怒った顔の博子を見て、達也は余計に笑う。

「ちっちゃな子みたいだね」

「達也さんがこんな寒い中、待たせるからよ。10分も遅刻じゃない」

顔を真っ赤にしてそう言い返す博子を、「ごめん、ごめん」と達也は優しく包み込んだ。

そんな彼女がいとおしくて仕方なかった。

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