はぐれ雲。
亮二が玄関のドアを開けると、直人が立っていた。
「あとは頼んだ」と彼に告げる。
黙って頷くと「博子さん、こちらへ」と直人は彼女に目を向けた。
でも、足が動かない。
帰りたくない、と体が叫んでいる。
「博子」
あの大きな手が、そっと背中を押す。
「もう、行け」と言うように。
やっとの思いで玄関を出て振り返ると、亮二と目が合った。
視線が絡み合う。
切れ長の、澄んだ光を放つその彼の瞳が、
大好きだったその目が
今、自分だけを見てくれている。
「新明くん…」
博子の体が彼に向き直ろうとした瞬間、
それを断ち切るかのように、亮二はドアノブに手をかけた。
<いや!いやよ…>
ゆっくりと扉が閉まってゆく。
まるでスローモーションのように。
ゆっくりと…
ふと、亮二の口元が動いた。
<…え?今なんて…>
「待っ…!」
無情な音を響かせ、ドアは閉まった。
一瞬にして、そしてたった一枚の扉に、二人はまたも引き裂かれてしまった。
<新明くん!もう一度言って、さっきの言葉…>
「…お願いよ」
彼女はその場に崩れ落ちた。
ついさっきまで、亮二がこの肩を抱いていたのに。
まだ彼のぬくもりが残っているというのに。
もう忘れるしかないなんて…
<まだ、そこにいるんでしょ?
ねぇ、新明くん…>