はぐれ雲。

「ふうん…」

よくわからない、そんな顔をして少女は頷く。

亮二は白い歯を見せて、そんな幼子に笑いかけた。


「さあ、さやか。もう寝ないとな。
明日はおじいちゃんと遊園地に行くんだろ?」

「えー、まだおじいちゃんと遊びたい」

「おじいちゃんはもう行かなきゃならないんだ。その代わりにおばあちゃんがここに泊まって、一緒に寝てくれるから、な?明日までいい子にしてるんだぞ」

「はぁい」

ふてくされたように、さやかは母親に連れられて寝室へと入っていった。


その後ろ姿を見送ると、優しい顔だった神園の顔がヤクザの顔へと変わる。

「行くぞ」

神園の後に、亮二、直人、浩介が続く。

長い廊下を歩き、エレベーターの呼び出しボタンを亮二が押すと、神園が言った。

「うまいこと言ったな」

「いえ。口からでまかせもいいところです。それに子どもは、どうも苦手で」

「もう思い残すことはないんだな」

「一切、ありません」

「俺についてくる覚悟ができた、そう解釈していいんだな。後悔するなよ」

「はい。どうかよろしくお願いいたします」


エレベーターの扉が、音もなく開く。

四人が乗り込むと、再び静かに扉は閉まった。


そこから新明亮二の、頂点への道のりが始まった。

全てを捨てた男の、賭けのような人生が幕を開けた。


『ごめんね、何もしてあげられなくて…』

『おまえのせいじゃない。全て俺の望んだことだ』


静かに閉じた目がゆっくりと開いた時、亮二のあの瞳が、鋭い光を放ち始めた。

< 353 / 432 >

この作品をシェア

pagetop