はぐれ雲。

言の葉 ニ   別離

雲一つない、春にしては珍しく澄んだ空。

時折吹く風が、春を運んで来てくれる。

博子はベランダから空を眺めていた。

正直、彼女は春が苦手だ。

嫌いと言ったほうがいいのかもしれない。

毎年春を迎えるのが、怖かった。

春が来るとウキウキする、そう最後に思ったのはずいぶん昔だ。

丘の上の官舎から街を見下ろすと、あちらこちらにピンクの雲がかかっているように見える。

特に今日は花見日和だ。


亮二に別れを告げてから、3ヶ月が経とうとしていた。

今でも彼のことを想わない日はないが、それでも少しずつ前向きに生きていけるようになった。

『一生涯、おまえを…』
そう、あの言葉が支えになっていたから。

達也も以前と変わらない態度で接してくれる。

彼には肩身の狭い思いをさせてしまった。

あの人のためにできる限りのことをしよう。

そして、亮二のことが思い出だと割り切れた時、彼に伝えたいと思っていることがある。

「あなたを誰よりも愛している」と。

いつのことになるのかな、博子はふっと笑った。

でも、早くそんな日が来るといい。


それまで、達也だけを見て、
達也のことだけを想えばいいのだ。

彼が最後に言ってくれたように…


今日は夜勤明けで疲れた体を引きずるようにして、彼が帰ってくる。

博子は昼食を用意して待っている。

特製カツサンド。

先週の料理教室で習ったばかりのメニューだ。

特製というからにはこだわりがある。
もちろん、それはカツ。
時間が経っても、さくさくの衣は健在だ。

<早く帰ってこないかな>

時計に目をやった。
午前11時を少しまわったところだった。

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