はぐれ雲。
達也は不安だった。

会えなくなると思えば思うほど、自分たちの間には何の確かなものがないことに焦りを感じていたのだ。

博子の陰にいる「誰か」に彼女を奪われてしまうかもしれない、そういう思いが彼を苦しめる。

彼女を信じている、だけど…

「俺…」

「すごく素敵、子どもの頃からの夢をかなえるなんて」

「え?」

「おめでとう」

「あ、ありがとう」

博子のキラキラした笑顔に、ホッとして達也が息を吐く。

真っ白い息だった。

「あとさ、もうひとつ話があるんだ」

そう、ここからが彼にとっての本題なのだ。

「うん、何?」

無邪気に自分を見上げるその顔に、彼は気持ちを引き締めた。

「博子が大学を卒業したら…」

「したら?」
いつものように首を傾げ、次の言葉を待っている。


「結婚してくれないか」

突然の言葉に彼女の動きが止まる。


「あ、そ…そんな急に。まだ付き合って日も浅いし…」

搾り出すような声で、博子はどもるように答えた。

「俺には博子しかいないんだ。君のご両親にも挨拶をして、絶対に認めてもらう。全力で君を守る。必ず幸せにする」

達也は真っ直ぐに目の前の女を見つめた。

「結婚してほしい」

「……」

博子はあのベンチに目をやった。

もういいじゃない、博子。

ひきずってても前には進めないよ。

もう「あの人」はいないんだから。

もう「あの人」は帰ってこないんだから…

また川面を撫でた冷たい風が、耳元でそうささやいた気がした。



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