はぐれ雲。
「こんな私でよければ」

博子はそう答えたが、なぜか一瞬、胸が苦しい。

「よっし!」

達也はガッツポーズをした手を高く突き上げると、満面の笑みで博子を強く抱きしめた。

彼にとっての「確かなもの」が今、手に入ったのだ。

「もう、痛いってば」

博子が胸の痛みを振り払って笑うと、達也の大きな手が彼女の顔を包む。

「いい?」

彼女は黙ってうなずくと、そっと目を閉じた。

彼の温かい唇が、心の中に溶けていくようなキスだった。



春が来た。


達也が警察学校へ入校する日が近づく。

一人暮らしだった達也の引越しの準備のために、博子は彼のアパートに手伝いに行った。

小さなキッチンの横には、これまた小さな冷蔵庫と食器棚。部屋には机と、ベッドと小さなタンス。そして幾つかの段ボール。

博子が達也の部屋に入るのは初めてだ。

「本当に助かるよ、ありがとう」

だいたいは片付いていたものの、服などは無造作に段ボールに詰め込まれているだけだ。

「だめよ、こんなの」

それらを取り出すと、博子は一枚一枚丁寧にたたんでいく。


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