はぐれ雲。
「さすが、女の子」

「女の子って呼ばれる年でもないけど」

「ははっ。まあね」

「うちは小さい頃からお手伝いって、当たり前だったの。試験勉強があろうが、受験生であろうが、取り込んだ洗濯物の片付けと、夕食の後片付けは私の役目だったのよ。
正直、嫌だったわ。やらないときもあったの。でも絶対、お母さんは手伝ってくれないのよ。洗濯物も、食器も何日もそのまんま。とうとう着る服がなくなっちゃて、私の負けってわけ」

手際よく服を段ボールに詰め直しながら、博子は笑う。

「結婚したら、頼もしいよ」

そんな達也の言葉には何も答えず、彼女は微笑んだまま目を伏せた。

男の一人暮らしなだけに、そんなに物は多くない。
短時間で荷造りと、部屋の掃除を終わらせた。


「あとは、カーテンと布団だけね」

「ああ、さすがに今は片付けられないな。明日引っ越し業者が来る前にやるよ」

「そうね」

何もすることがなくなった部屋に二人きり、ということに達也は焦った。

「えっと、そうだ、俺コーヒーでも淹れるよ。飲む?」

「うん、ありがと」

達也はキッチンに入って初めて気付いた。

「ごめん、やかんもカップももう段ボールの中だった。うっかりしてた」

「そうよね、じゃあ私、何か買ってくるね」

博子が笑ってジャケットと財布を手に取った時だった。

「待って」と彼の手が博子をつかむと、いきなり彼女を胸に引き寄せた。

彼女の目が落ち着きなく動き、体が強張る。

「博子」

達也は、そっとベッドに博子を座らせた。

パイプ製のベッドはギィと小さくきしんだ。

潤んだ黒目がちの瞳が彼を見つめる。

そっと頬を触ると、一瞬怯えたように博子は身を引いた。

緊張で硬くなった彼女を優しく抱き寄せると、達也は静かにキスをした。


細い指が彼のシャツの胸元をつかむと、いよいよ激しい唇の奪い合いになる。

達也にとって、女性と関係を持つことは初めてではなかった。

大学一年のときに何となく、あるいは興味本位でそんな関係になった女性は何人かいたが、博子と知り合ってから他の女性と関係を持たなくなった。

それほど、葉山博子という女が彼の心を奪っていた。

やっとのことで付き合い始めて、しかも半年以上も経つのに彼女と未だ何もない。

そんな雰囲気になることもあったが、なんとなく博子に交わされている気がした。





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