はぐれ雲。
「私に何か御用ですか、桜井さん」

オーバーなジェスチャーが達也には気に食わなかった。

「年を取りましたねぇ、桜井さんは」
林がチラリと桜井の禿げ上がった頭を見る。

彼はペチリと自分のその頭を叩き、
「おまえをいつかは捕まえたる、そう思ってのう。その心労とストレスで、髪もだいぶん抜け落ちてもたわ。責任とってもらおか」と言い返した。

「ご冗談を」
二人は声を立てて笑いあう。

周りの捜査員たちはその不思議な光景に少しとまどった。
そんな極度の緊張感の中、この笑いは何なのだろう、皆が一様にそう思っている。

暴力団大物幹部の連行ということで、他の捜査員たちは防刃防弾チョッキを着用している。しかし、桜井だけはそのチョッキを着ようとはしなかった。

それが彼の覚悟なのだと思った。

10年以上も追い続けてきた林への、執念のなせる業なのだと思った。


「聞きたいことがあるねん、おまえに」

「なんなりと」

「ここではちょっとな。わしらと一緒に来てもらおか」

周りの圭条会組員にも緊張が走る。

それを察して、林は連中に手を上げて笑った。「大丈夫だ」と言わんばかりに。

「任意なら、お断りしますが」

林は不敵な笑みを浮かべると、少し乱れた桜井の上着の襟元を正した。

「聞きましたよ、奥さんに逃げられたって。ダメですね、私なんかを追い掛け回してるからですよ」

「ほな、嫁はんが出て行ったのは、おまえのせいっちゅうことやな」

「はははっ!それは私も重大な罪を犯したものです」

茶化す林を横目に、桜井は目で合図を送る。

達也がすかさず一枚の書類を取り出し、彼の目の前に広げた。

「林哲郎、青木真梨子殺害、ならびに死体遺棄教唆で逮捕する」

林の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「何言ってんだよ」

周りからも怒号が沸きあがり、今にも暴動になりそうな勢いだった。

楯を持った機動隊がそれを必死で抑える。

「もう観念せぇよ。わしらがここまで来たっちゅうことは、それなりに証拠があがっとるんやから」

「何言ってんのか、わかんねぇんだよ!」

明らかに林は狼狽していた。

そんな彼に、桜井は耳元でささやく。


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