はぐれ雲。
「手下に、絶対痕跡残すなって言うたんやろ?でもな、あいつらビビってもて、できへんかったらしいわ。おまえみたいに誰しも完璧にできるやつは、おらんわなぁ。
女の遺体に、おまえの体液がほんのちびっとやけど、残っててん。処理をまかせたあいつらが手ぇ抜いたんや、埋めてもたらわからへんってタカをくくってな」

「……」

「ああ、でも」

続けて桜井がわざとらしく思い出したように言う。

「完璧にこなせたやつが一人だけおったな。生きとったら、の話やけど。惜しいやつをなくしたもんやなぁ、おまえも」

「なんだと?」

恐ろしいほど鋭い視線が、桜井に向けられる。

「新明亮二や。
あいつなら完璧にこなしてたやろうなぁ。まぁ、人殺しの片棒を担ぐ男には思われへんけどな」

桜井は林をのぞきこんだ。

「あいつの話をするな!!」

まるで獣のように、歯をむき出して林は怒鳴る。

「拾ってやった恩も忘れて総長に取り入りやがって!」
そう吐き捨てた。

「言いたい事はそれだけか?その新明亮二殺害の件でも聞きたいことあんねん。
…なぁ、林、長かったなぁ、俺とおまえの鬼ごっこも。でもしばらく娑婆の空気は吸われへんぞ」

「うるせぇ!」

林とは正反対に、落ち着いた様子で桜井は彼に手錠をかけた。

重苦しい一瞬だった。

林も、桜井も目を閉じる。

<長かった…長すぎた>
そう聞こえてくるようだった。


達也は、桜井の何とも言えない顔を終始見つめていた。

これが刑事なのだ。

解決できなかった事件を何年も背中に背負って生きていかねばならない。

被害者やその家族の悲しみまでも一緒に…。

他の事件を捜査していても、決して頭から離れることのない事件が誰しもあるのだ。

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