はぐれ雲。
林の取調べが始まってから数日後の早朝。

自宅から駅へ向かう途中に、見覚えのある黒い車がこちらを向いて止まっていた。

中には人影が二つ。
それが誰であるのか、達也にはわかっていた。

彼は歩くスピードを緩めることなく、進む。

近付いてみると、運転席と助手席の影が頭を下げているのがわかった。

達也も軽く会釈をすると、その車の横を何事もなかったかのように通り過ぎた。



「申し訳ありません、桜井さん」
達也は充血した目で、上司に頭を下げた。

「せっかく刑事でいられるようにご尽力いただいたのですが、もうこれ以上、自分は刑事を続けることはできません」

妻の博子と圭条会幹部だった新明亮二との一件、そしてその妻の親友と新明の兄貴分の間に起こった今回の事件。
関係者が知り合いということで、彼は刑事を続けるべきでない、そう思った。

「刑事辞めて、どないすんねん」

「まだわかりません。春の異動で地域課への希望を出すつもりです。どこにいても自分は警察官です。新しいところで、妻と一緒にやり直したい、そう思っています」

「そうか」

「まだ事件の全容解明には至っていない今、このように途中で投げ出してしまうことを大変申し訳なく思っております。せめて桜井さんが県警を去られるまではと…」

「なぁ加瀬」

桜井は達也の言葉を遮るように、部下の名を呼んだ。
そして優しく微笑む。

「おまえは、ようやってくれた」

「桜井さん…」

「こんなわしに、ようついてきてくれた。刑事らしいこと何にも教えてあげられんで、すまんかったな」

「そんなことありません!そんなこと…」

言葉に詰まった達也はうつむいた。

<そんなことはない。あなたはこんな自分に、大切なことをたくさん教えてくれた。
上司として、そして時に父のように…>

「泣くなや。またいつでもここに帰ってこい」

そして桜井は彼の肩を強く抱いた。

「がんばりや」と。


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