はぐれ雲。
「えー、そんなに達也先輩、忙しいの?」
久々に、青木真梨子が博子たちの住む官舎の部屋を訪ねてくれた。
「まあね、ここ2、3ヶ月はひどいのよ」
真梨子が紅茶の入ったカップを手に取る。
「未亡人みたいじゃない、あんた」
「そうでしょ?食事もほとんど一人よ」
「結婚してる意味あるの?そんなので」
彼女は就職して、今や誰もが認めるキャリアウーマンだった。
話を聞く限りでは、仕事もプライベートも充実している。
常に流行の先端をいく彼女を目の前にして、博子はうらやましく思った。
彼女と並ぶと、自分がとても所帯じみて見える。
それも当たり前だ。
真梨子の都会を拠点とする行動範囲に比べ、博子の世界はこの窮屈な人間関係の警察官舎と、買い物に出かけるスーパーくらいなものなのだから。
真梨子は昔と変わらず、元気ではつらつとしている。
会うたびに彼女と自分を比較してしまうなんて、私もひねくれてしまったものだ、と落ち込むのだった。
「博子、身体の調子はどうなの?」
「もう大丈夫よ。ありがと」
そう言うと、博子はそっと下腹部に手をあてた。
ほんの数ヶ月前まで、ここに小さな命が宿っていたのだ。そんな小さな命を守れなかった悔しさと悲しさで胸がいっぱいになる。
結婚6年目にして、やっと授かった命。
達也が家にいない寂しさを、この子が救ってくれる、そう思った。この子を通して、きっとまた達也と心を通わせることができる、そう信じていた。
<この小さな命に期待ばかりしてしまったばかりに、この子は私のところに生まれてきたくなかったんだ。だから空へ帰ってしまったのだ>
博子は今でも自分を責めている。
そしてまたひとりぼっちになってしまった寂しさに、どうしようもなく悲しみが込み上げる。