はぐれ雲。
「実は、直人…」

声を詰まらせた浩介は目の前のジュースを一口飲んで、乾いた口の中を湿らせた。

「橘さんがどうしたの?」

「亮二さんがいなくなって、俺は組に残る意味がわかんなくなっちゃってさ…
ヤクザから足を洗おうって思って。
俺が組を抜けるとき、カタギになるには指は全部あったほうがいいって、あいつ…
直人が俺の代わりに指を詰めて、上層部に差し出してくれたんです」

そう言って、テーブルの上に両手を広げて置いた。

まるで見てくれと言わんばかりに。

女性のように細くて長い指が十本、きれいに揃っている。

「あいつ、亮二さんなら、きっとこうしたって…かっこよすぎるだろ?もう早速、亮二さん気取りだぜ、あいつ」

泣き笑いの浩介の手に、博子はたまらずそっと自分の手を重ねた。

「俺、何やっても鈍くさくてさ。亮二さんにも、直人にも迷惑ばっかかけて」
彼は肩を震わせた。

「でもまだ族やってる時に、亮二さんに誉めてもらったことがあるんすよ。バイクいじるのがうまいって。俺、嬉しかったぁ…すんげぇ嬉しかったぁ」

子どものように、ポロポロと彼の目から涙がこぼれ落ちる。

博子はそっと手を引いた。

「浩介くん…」

「あの人が初めてだったんすよ。
俺のそういうとこ認めてくれたの。
だからカタギに戻ったら、あの人に誉めてもらったことやろうって。そこだけは誰にも負けたくないって…そう思っ…。
ほんっとに組じゃ役に立てなかったし、むしろ足手まといだったから、俺」

鼻をすすると、浩介はもう一度コップに手を伸ばした。

「そんなことないわよ」

「え?」

手が止まる。

「足手まといだなんて、そんなこと絶対にない」

浩介は目を真ん丸にして、引いた手を膝の上に置いた。

「新明くんね、言ってたの。
浩介くんを見てると、まだ自分は根っからの悪者になったんじゃないって思えて、ホッとするんだって。彼なりにたくさん悩むことがあったんだと思う。でもあなたを見ていると、気持ちが和らいだんじゃないかな。あなたを本当の弟のように思ってるって、そう私に話してくれたの」

博子は浩介に優しく微笑んだ。

< 403 / 432 >

この作品をシェア

pagetop