はぐれ雲。
「はい、これ。今日はバレンタインデーでしょ。だから、あげる。でも、義理よ、義理」

肩から鞄をかけた、高校の制服に身を包んだ亮二が振り向いた。

「いらねぇよ、そんなもん」

「いいから、あげるって」

博子は片手でそれを差し出す。

義理チョコのわけがなかった。

何回も何回も作り直した手作りチョコレート。

お母さんに「受験生のくせに」と小言を言われながらも、一生懸命作ったチョコレート。


「いいっつってんだろ」

「なによ」

むきになった博子は、亮二のかばんに無理矢理突っ込もうとした。

「しつこいぞ」

亮二がその手を振り払った瞬間、赤やピンクの包装紙で包まれたチョコレートが、ドサドサッと何箱もかばんから落ちてきた。

「あ…」

亮二が舌打ちをする。

高校でもらってきたのだと、すぐにわかった。

なんだかショックだった。

彼が人気があるのは何となくわかっていたけれど、でもこれを全部受け取ったのかと思うと、なぜかショックだった。


「あ…ごめん。こんなにあったら食べきれないよね。そうよね、ごめん…」

無理して笑うと、彼女は落ちたチョコをかき集めた。

色とりどりの綺麗な小箱たち。

亮二に「私を見て」と自己主張しているように思えた。


博子は「ごめんね」と言いながら、一つ一つ拾い上げては、胸にそれらを抱えていく。

それを亮二は黙って見ているだけだった。


全部拾い終わると、彼女はすっくと立ち上がり、

「たくさんもらえて、よかったね」と彼の手に押しやった。


彼はそれをうつむき加減で受け取る。

続く言葉がなくて、博子はわざとらしく笑った。

「えっと、私のはどうせ義理チョコだし。うちのお父さんにでも、あげよっかな…」

当然うまく笑えるはずもない。

亮二も眉間に皺を寄せて、ただうつむいている。


「あ、そうだ私、今日用事あったんだ。先に帰るね、待っててもらったのに、ごめんね」

髪を撫で、「本当にごめん」と、亮二の横を通り過ぎ、彼女は走り出した。


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