はぐれ雲。
そんなことがあったな、と彼女はふふっと笑う。

<ねぇ、新明くん。
私、あなたにバレンタインチョコをあげた覚えはないんだけどな>

『WhiteDay』と書かれた包み紙を見ながら、またクスクス笑う。

博子は手のひらのガラスの白鳥を空にかざしてみた。

先ほどよりも一層小さな光の粒が、辺りに散りばめられる。


<どんな顔であなたはこれを選んだの?きっとまた不機嫌そうな顔で、包んでもらうのを待ってたんでしょうね>

笑いと同時に、涙も一緒に込み上げてくる。


<ねぇ、新明くん。白鳥のつがいってね、どちらかが命を落とすまでは、ずっと二羽は一緒で、お互いの傍を離れないのよ。知ってた?
あなたのことだから、知らなかったでしょうね。知ってたら、私にこれをあげようだなんて思わなかったはずよ。
だってこの時、離れ離れになるってわかってたんでしょ?
それに、あなたはそんなロマンチストじゃないもの>


青いリボンを首につけた白鳥と、目が合う。

その時、風が斜面を駆け上がってきた。

その勢いの強さに「きゃっ」と思わず目をつぶる。


『ほんっとに、いちいちうるせぇやつだな、おまえは』


「え…」

そんな亮二の声が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開ける。


「…新…」


『相変わらず、かわいくねぇな』


隣に彼が座っていた。

学生服を着た彼が。

太い幹にもたれながら…

目が合うと、優しく笑ってくれた。

あの水槽の、青い光の中で見せてくれた時と同じ笑顔で。


「新明くん…」

恐る恐る手を伸ばした瞬間

『…じゃあな…』


と霧のように彼は消えてしまった。


「待って!新明くん!」

< 426 / 432 >

この作品をシェア

pagetop