はぐれ雲。
小学校を卒業した博子は、早く亮二に会いたい一心で中学校の入学式を指折り数えた。

亮二が剣道教室に来なくなってから、博子はランドセルを背負ったまま、あのベンチで彼を待った。

何度も帰ろうと思ったができなかった。

<あの鉄橋を電車が渡ったら、帰ろう>

ダダダダン、ダダダダン

電車が音を響かせ鉄橋を渡っていく。

でもまだ待ちたかった。
もしかしてここを通るかもしれない…。


<あの大きな雲が私の頭の上に来たら、帰ろう>

遠いところにあった雲がいつのまにか博子の上を通り過ぎていた。


<えっと、えっと…あの落ち葉が風で私のところまで来たら、帰ろう>

亮二に会いたかった。

ただそれだけだった。

あの笑顔を見たかった。

けれど、彼が姿を現すことはなく、季節だけが河原に訪れた。




セーラー服に身を包んだ博子が、中学校の門をくぐる。

亮二にやっと追いついた気がして心が弾んだ。

博子は迷わず真梨子と剣道部に入った。

亮二は博子の姿を見つけると、無言で手を上げてくれた。
相変わらずの仏頂面だったけれど。

でもそれだけで胸がいっぱいになった。

彼女は全身で新明亮二に恋をしていた。


中学では先輩と後輩の上下関係が厳しい。

連日一年生は厳しい練習と雑用に追われ、帰る頃には辺りは真っ暗だった。

「じゃ、博子。お先に」

「え!待ってよ」

「何言ってんのよ。もう噂になってるよー。さあ、オジャマ虫は退散、退散」

真梨子は他の部員の背中を押しながら、さっさと帰ってしまう。

「ちょっと!待ってってば」
そう言いながら、彼女は胸のくすぐったさに微笑み、ひとりで校門に向かった。

そう、待っていてくれる、「あの人」が。

「おっせぇな。トロトロすんなよ」と、壁にもたれていた亮二がぼやく。

いつも彼はこうやって待っていてくれるのだ。

「ごめん、ごめん」

そう言って博子は亮二の後を小走りでついていく。

並んで歩いたことなんて一度もない。

いつも彼の後ろ姿を追いかけていく。

でも、それでいい。




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