はぐれ雲。

練習が始まる前、亮二の左頬が赤くなっていた。

あとの二人は落ち着かない様子で、彼の様子をうかがっている。

<きっと、新明くんが本当の事を主将に言うんじゃないかって、ビクビクしてるんだ>

そう思うと、博子はもっと腹が立った。

同時に、自分が亮二に迷惑をかけているのではないか、そんな思いがよぎる。

その日の練習で亮二と何度か竹刀を交えたが、面越しのあの瞳を見ることができなかった。
それなのに、あの澄んだ目は、博子をまっすぐに見る。



彼女はいつも通り一人校門へ向かうと、いつもと同じように亮二が立っていた。

「帰るぞ」
目を合わすわけでもなく、彼はそう言ってすぐに歩き出す。

「新明くん!あの…もう私のこと、こうやって待たなくていいよ」

「あ?」

いつも通り、面倒くさそうな顔をしながら振り返った。

「だって…」

<私のせいであんないやらしい事言われて…>

もじもじする博子を見て、彼は舌打ちをした。

「見てたのかよ」

「……」

「おまえが嫌なら、もう待たねぇよ」

「ううん!嫌じゃないよ、全然!嫌じゃないけど…」

髪が揺れるほど、彼女は何度も首を横に振った。

<嫌なわけないじゃない>

「だったら別にいいじゃねぇか」

「……」

「つまんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。だいたいそんなことで練習に身が入らねぇようじゃ、おまえは次の試合、補欠だな」

「え?私今日そんなだった?」

「ああ、腑抜けだったぜ」

「…ひどい」

「バカが」




< 48 / 432 >

この作品をシェア

pagetop