はぐれ雲。
練習が始まる前、亮二の左頬が赤くなっていた。
あとの二人は落ち着かない様子で、彼の様子をうかがっている。
<きっと、新明くんが本当の事を主将に言うんじゃないかって、ビクビクしてるんだ>
そう思うと、博子はもっと腹が立った。
同時に、自分が亮二に迷惑をかけているのではないか、そんな思いがよぎる。
その日の練習で亮二と何度か竹刀を交えたが、面越しのあの瞳を見ることができなかった。
それなのに、あの澄んだ目は、博子をまっすぐに見る。
彼女はいつも通り一人校門へ向かうと、いつもと同じように亮二が立っていた。
「帰るぞ」
目を合わすわけでもなく、彼はそう言ってすぐに歩き出す。
「新明くん!あの…もう私のこと、こうやって待たなくていいよ」
「あ?」
いつも通り、面倒くさそうな顔をしながら振り返った。
「だって…」
<私のせいであんないやらしい事言われて…>
もじもじする博子を見て、彼は舌打ちをした。
「見てたのかよ」
「……」
「おまえが嫌なら、もう待たねぇよ」
「ううん!嫌じゃないよ、全然!嫌じゃないけど…」
髪が揺れるほど、彼女は何度も首を横に振った。
<嫌なわけないじゃない>
「だったら別にいいじゃねぇか」
「……」
「つまんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。だいたいそんなことで練習に身が入らねぇようじゃ、おまえは次の試合、補欠だな」
「え?私今日そんなだった?」
「ああ、腑抜けだったぜ」
「…ひどい」
「バカが」