はぐれ雲。
亮二はそう言うとさっさと歩き出した。
そしていつものように博子も走って後を追う。
「待って。はい、これ」
彼を追い抜いて前に回り込むと、濡らしたハンカチを差し出す。
夏の熱さで、冷たかったはずがもう生ぬるくなっている。
「なんだよ、これ」
亮二はとぼけるように言って、そのハンカチを見た。
「なんで何も言わなかったの?なんで新明くんだけぶたれるの?」
聞こえていないかのように亮二はまた歩き続ける。
相変わらず小走りの博子は、息をきらしていた。
「自分たちの煙草なのに、新明くんに押し付けて。私、明日キャプテンに…」
「余計なことすんなよ」
急に立ち止まった亮二に、博子はぶつかりそうになった。
「わかったか」
ますます眉間に皺が寄り、その声は苛立っていた。
「だって」
「もういいじゃねぇかよ。俺が殴られて、それで話がついたなら。今さら蒸し返すようなこと、絶対にすんなよ」
博子に背を向けたままそう言うと、また歩き出す。
今度はゆっくりと。
彼に合わせて後ろをついて行く。
「新明くんは悔しくないの?」
そう尋ねた。
もう息切れは収まっている。
「ないね」
即答だった。
<あきれた…>
思わず博子の足が止まる。
なんて損な性格、そうも思った。
<でもそれが新明くんなんだよね>
そう思うと、博子は自然に笑顔になる。
無愛想で口が悪くて…でも優しい
そこがたまらなく好きだった。