はぐれ雲。
<何よ!人の気も知らないで>

「言っとくけど、私、学年の中じゃモテる方なんだからね」

負けじと言い返したが、亮二は川面を見つめたまま、何も言わなかった。

水が流れる音、草木がそよぐ音、電車の鉄橋を渡る音が聞こえるだけ。

「新明くん」

博子は彼の背中に呼びかけた。

「なんだよ」

「高校でも剣道部入るの?」

「さあな、俺より強い奴がいたらな」

博子は「傲慢」と笑った。


しかし、それきりまた会話が途絶える。

<やっと話題見つけたと思ったのに…>

いつもの調子がでなかった。

高校に行ってもまた会える?

そう、それが聞きたいのに。

口に出せない。

<もし会えないって言われたらどうしよう>

博子はしきりに頬にかかる髪を撫でた。その様子を亮二は横目で見ると、

「高校っつっても、中学校の目と鼻の先だろ」

そう言って、鼻の頭をかいた。

「しけた顔すんじゃねえって言っただろ。バカが」

博子は言葉が出てこなかった。じわじわと広がる嬉しさで。

「おまえ、マジで面倒くせぇな。言いたいことあったら言えよ。暗い顔しやがって。余計な事はいちいち言うくせによ」

そう言うと、鼻で笑った。

「新明くん」

博子から笑顔がこぼれた。

「結局、先輩って言わずじまいじゃねぇかよ」

「いいでしょ、別に」

<ねぇ新明くん。もう少し素直に言ってほしいな。また会えるよって>

でも、嬉しかった。

これで終わりじゃないんだ、そう彼が言ってくれたようで。


<すぐ近くにいるんだもんね。学校が違っても会えるんだよね、新明くん>


亮二がゆっくり歩き出す。

いつものように彼の2、3歩後を追いかける。

「なんで俺の後ろばっかり歩くんだよ。話し辛いだろうが」

「いいのよ、これで」

亮二の後ろ姿が好きだった。

ポケットに手を突っ込んで歩く姿が、大好きだった。

言葉に出来ない気持ちをこうやって汲んでくれる彼が、好きで好きで仕方なかった。

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