はぐれ雲。
やっと彼女の口元がほころぶ。

本当にこの人は口が悪い、と博子は思った。

もっと他の言い方があるだろうに。

来年、自分が同じ高校に入るのを亮二が待っていてくれてる。

そう思った。

そう思いたかった。


「帰るぞ」

いつものように無愛想な声で彼は言うと、歩き出した。

「そういや、おまえ、あの男に告られたのか」

「え?どうして?もしかしてヤキモチ?」

「んなわけねぇだろ。ただあいつが気の毒に思ってよ」

「なんで、気の毒なのよ」

「剣道部で臭い女なんて、普通の男なら遠慮するぜ」

「え?私、臭う?」

「マジでくっせぇ」

「嘘!ちゃんとニオイ消ししてきたのに」

博子は、クンクンと鼻をならした。

「そのニオイがくっせぇんだよ!ところかまわずシューシューしやがって。気持ち悪くなる」

「あ、そっち?でも小手のニオイとかに比べたらいいじゃ…」

亮二が不意に自分の手を博子の鼻の前にかざした。

剣道する者でしかわからない、独特のニオイが鼻をつく。しかも彼のは強烈だ。

「うっ!くさっ」

慌てて鼻を押さえる。

「やだ、新明くん!部活のあと手、洗った?もんのすごく臭い!!」

満足したように亮二は笑った。

「こっちのほうが、よっぽどいい匂いだ」

「ちゃんと、防具干してる?カビ生えてるんじゃないの?」

「いちいちうるせぇんだよ」

「でも、本当に臭い」

「おまえも同じニオイ出してたら、気にならねぇんだよ。変なもんつけるから余計臭く思うんだよ。」

「そっかなぁ」

「そうだ」

クスクスと二人は笑いながら、また歩き始める。

オレンジ色の光が優しく二人を包み込んだ。

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