はぐれ雲。
葉山博子〔はやまひろこ〕が、友達の青木真梨子〔あおきまりこ〕の勧めでその道場に足を踏み入れたのは、10歳の秋。
幼稚園の頃から通っていたスイミングスクールをやめたばかりだった。
記録会では、どの種目のタイムもダントツでトップ。
博子は正直、物足りなさを感じていた。
もっとワクワクしてみたい。
そんな時に、「剣道やってみない?私習ってるんだ」という真梨子の誘いに面白半分に始めた剣道だったが、スイミングでは味わえない相手とのかけひき勝負に博子はたちまち夢中になった。
週3回の練習が楽しみで、毎日あってほしいと願うほどだった。
けれど、その教室には苦手な男子がいた。
新明亮二[しんめいりょうじ]。
学年が一つ上の5年生。
同じ小学校に通っていて顔は見たことがあったが、ただその程度だった。
話をする機会なんて当然、今までなかった。
でもこの教室では学年を越えて皆が「友達」になれる。
小学生の間には「先輩」も「後輩」も存在しない。
ただ、彼との間には「友情」なんてものは生まれそうにもなかった。
道場で面や胴を付けて本格的に練習が始まると、博子の亮二への嫌悪感はさらに大きくなっていく。
彼は、ずば抜けて剣道が強い。6年生でも彼にかなう者はいない。
常々、運動神経がいいと周りから言われている通り上達の早かった博子だったが、彼を相手にすると自分がまだまだだ、ということを思い知らされた。
亮二と竹刀を交わすと、自分がみじめになる。
一種のプライドが傷付けられたようで、悔しかったのだ。
その上、面の金具越しに見える亮二の目が、冷たくて嫌いだった。
子どもには不釣合いな、何もかもお見通し、と言わんばかりの瞳。
翳りのあるその瞳。
幼稚園の頃から通っていたスイミングスクールをやめたばかりだった。
記録会では、どの種目のタイムもダントツでトップ。
博子は正直、物足りなさを感じていた。
もっとワクワクしてみたい。
そんな時に、「剣道やってみない?私習ってるんだ」という真梨子の誘いに面白半分に始めた剣道だったが、スイミングでは味わえない相手とのかけひき勝負に博子はたちまち夢中になった。
週3回の練習が楽しみで、毎日あってほしいと願うほどだった。
けれど、その教室には苦手な男子がいた。
新明亮二[しんめいりょうじ]。
学年が一つ上の5年生。
同じ小学校に通っていて顔は見たことがあったが、ただその程度だった。
話をする機会なんて当然、今までなかった。
でもこの教室では学年を越えて皆が「友達」になれる。
小学生の間には「先輩」も「後輩」も存在しない。
ただ、彼との間には「友情」なんてものは生まれそうにもなかった。
道場で面や胴を付けて本格的に練習が始まると、博子の亮二への嫌悪感はさらに大きくなっていく。
彼は、ずば抜けて剣道が強い。6年生でも彼にかなう者はいない。
常々、運動神経がいいと周りから言われている通り上達の早かった博子だったが、彼を相手にすると自分がまだまだだ、ということを思い知らされた。
亮二と竹刀を交わすと、自分がみじめになる。
一種のプライドが傷付けられたようで、悔しかったのだ。
その上、面の金具越しに見える亮二の目が、冷たくて嫌いだった。
子どもには不釣合いな、何もかもお見通し、と言わんばかりの瞳。
翳りのあるその瞳。