はぐれ雲。
その年の春は、博子にとっていい知らせを運んできてくれた。

夢にまで見た合格通知。

博子は亮二と同じ高校に進学することが決まっていた。

また一緒に剣道できる。
一緒にいられる…


そして無事に中学校の卒業式を終えた。

中学での出来事をいろいろと思い出しながら、クラスメートと辺りが薄暗くなるまで、別れを惜しんだ。


さんざん話して、家の前まで来ると、亮二が待っていた。

「新明くん?」

博子は駆け寄った。

「どうしたの?」

「ったく、いつまで待たせんだよ。どうせしゃべり倒してたんだろ」

長い間待ってくれていたのだろう、そう言って寒さのせいか鼻をすすった。

「ふふっ」

「ったくよお」

彼は明らかに不機嫌そうだった。

「ごめん。で、どうしたの」

彼が博子の家に来ることなんて、今まで一度もなかった。

きっと何かあるんだと思って、少し不安になる。

「ちょっと付き合えよ。飯に行くぞ」

「え?卒業祝い?合格祝い?」

ほんの10秒前の不安はかき消え、彼女は飛び上がるほど喜んだ。

「ごちゃごちゃうるせぇな、荷物早く置いてこいよ。親にもちゃんと言っとけよ」

「うん」

胸が躍った。

初めて亮二と出かける。

博子は急いで玄関を開けて叫んだ。

「お母さーん、友達と出かけるね。遅くはならないと思うけど、夕飯いらないからー」

そう言うとすぐに亮二の所に戻ってくる。

「お待たせ」と言いながら。

彼の私服を初めて見て、顔がほころんだ。

ジーンズにパーカーといったラフなスタイルに、博子はドキドキしてうつむく。

<普段、こんな格好するんだ>

そう思って、少し寂しさがこみ上げる。

そんなことも知らなかったんだ、と。

それほど、亮二と博子の関係は「限られた時間内」なのだ。


「あ!」

その時、自分がセーラー服のままだということに気付いた。

「ちょっと待ってて!」

慌てて家に引き返そうとすると、亮二の手が博子の腕をつかんだ。

その手の力が強くて、思わず顔をしかめたほどだ。

それに気付き、彼は「悪い」と手を離す。

「今日くらい…もう俺を待たせんなよ」

その時の目が忘れられないほど澄んでいて、博子は何も言えなくなった。

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