はぐれ雲。
「あぁ、新明?あの子ねぇ」

気まずそうにそう言うと、近くの男子の袖を引っ張って何やら話をした。

話をバトンタッチされたその2年生の男子部員は、こう言った。

「新明ねーあいつ転校したんだってさ。俺たちもさっき聞いたばっかりで、びっくりしたよ。一言もなしにさー。なんか事情があったみたいだけど、一緒に入部したんだしさ、そういうこと言ってほしかったよなぁ」

「転…校?」

何を言っているのかわからなかった。

何がどうなっているのか理解できなかった。

<嘘。私をからかってるんだ>

博子は、辺りを見回した。

「…どこ?」

「博子」

真梨子が腕を引っ張る。

「どこ?新明くん」

「博子!」

真梨子が肩を強く抱いた。

「どこ?どこなのよ!出てきて!」

博子は立っていられないほどの、めまいに襲われた。


その後の部員たちの話など耳に入るはずもない。

<嘘よ>

その一言を何百回と繰り返していた。


気が付くと、校門前の大きな桜の木の下に立っていた。

「きれいだね~」

そう言って一組の制服を着た男女が見上げる。

<きれい?何が?>

上を見上げた。

薄いピンクの花が何万と折り重なって我こそはと、競い合っている。

その闘いに敗れたものから順にその花びらを落としていく。

途切れることなく舞い落ちる花びらの中、そっと手を差し出した。

ヒラヒラと狙っていたかのように、一枚の花びらが彼女の手に乗る。

まるで、「私をつかまえられるなんて、あなたはラッキーね」とでも言っているようだ。

博子はその花びらを握りつぶした。

どんなに力を込めても、その花びらは壊れない。

その幸せそうなピンク色は変わらない。

すこし皺がつくだけで。

<春なんて嫌い。こんな季節、なくなってしまえばいいのに。どうして春は私から彼を奪うの、どうして…>

博子の心から桜の色が消えた。

<どうして何も言わずにいなくなってしまったの?どうして私の想いを置き去りにするの?私はこれからどうやってあなたを想えばいいの?>

大切な蝶が、羽ばたいて遠くへ行ってしまった気がした。



< 66 / 432 >

この作品をシェア

pagetop