はぐれ雲。
お好み焼き屋のおばさんが言った。

「亮ちゃんのとこね、
お父さんが亡くなってから、お母さんが必死に働いて何とか息子たちを高校卒業させたいってね、がんばってたんだけど。
ちょっと無理しすぎて、体調壊しちゃって。
大学生になったばっかりのお兄ちゃんがいるんだけどね、亮ちゃんも、二人とも学校を辞めて、働くって言ってねぇ。

でもお母さんとしちゃあ、
大学も高校も出させてやりたいって。
学歴で苦労するからって。
でも、働けなくって…。
それでお母さんの実家に帰ったんだよ。

え?実家?さあ…信州って言ってた気もするけど。
お母さんの実のお兄さんが、実家の商売を継いでるって聞いたことあるんだけどね。

あんた、やっぱり知らなかったんだね。
この前、店に来てくれた時、そんな感じがしたんだよね。

亮ちゃんね、あんたと別れるのが、辛かったんだよ。
きっとあんたの泣く顔見たくなかったんだよ。
最後まで笑っててほしかったんじゃないかな。
だから、黙ってたこと、許してやって」

何も知らなかった。

亮二がそんな悩みを抱えてたなんて。

知ろうともしなかった。

どんな思いで今まで過ごしてきたのか、

考えたことすらなかった。

自分は、亮二のことを何も知らなかった…

亮二に会いたい、そればっかり、
自分のことばっかり考えていた。

情けなかった。

亮二の最後の言葉が耳から離れない。

『じゃあな…』

<じゃあな…で終わる仲だったの?私たち…ねぇ新明くん?たったその一言だけ?>


博子は剣道部には入らなかった。

もう何もしたくなかった。

初めて言葉を交わした河原のあのベンチを見ることすら、しなかった。

いや、できるはずもない。


ふと見上げた空に、ぽつんと寂しそうなはぐれ雲がひとつ。


<あの雲みたいにはぐれてしまったのは、新明くん?それとも、私?>

どちらにしても確かなことは、
一度はぐれた雲は、元いた場所にはニ度と戻ってこられない、ということ。

<私はまだあなたに好きですって、打ち明けてさえいないのに…>
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