はぐれ雲。
それから何時間が経っただろう。

辺りは闇に包まれたのに、男はまだ姿を見せない。

「今日もおっそいなー」と桜井はあくびを一つした。

「桜井さんはちょっと休んでください。自分が見てますから」

座り直すと腰に痛みが走る。

「大丈夫や、いつも通りやったらもう帰ってくるはずやしな」

桜井も伸びをして、顔を2、3度叩いた。

「今日は家に帰るんかいな」

「署に泊まろうと思っています」

「またかい、おまえなぁ、いつも言うてるやろ…」

そう言った桜井の視線の先に、容疑者の男がアパートの階段をあがっていくのが見えた。


二人はじっと息を潜めて、物陰に停めた車の中から見守る。

男はドアの前まで来ると、辺りを警戒してかキョロキョロする。

そして鍵を開け、部屋の中に滑り込むとすぐに窓から灯りがもれた。

「何時や」

「23時40分です」

「ま、だいたいこの時間に帰ってきよるのはわかったな」

「はい」

「…おまえも帰ったらなあかんで。人間、帰る場所があるときに帰らんと、いつの間にかなくなってまうんや。待っといてくれる人がおらんよぅになっとったり、違う誰かに取られてもとったりな…」

彼はそれには返事をしなかった。

ジンジンとする腰の痛みを堪え座り直すと、無言でエンジンをかけた。

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