はぐれ雲。
達也はいい匂いで目が覚めた。
ソファーでウトウトしていたようだ。
電気のついたキッチンをまぶしそうに見ると、博子がエプロン姿でせわしなく動いていた。
彼は仰向けのまま「うーん」と背伸びをする。
それに気付き、
「うるさかった?ごめんね」と博子は振り向いた。
「いや、お腹すいたな、と思ってね」
達也は上半身を起こして、目をこすった。
「もう少しでできるから。先にお風呂に入っちゃう?もうわいてるわよ」
キッチンに向き直った博子の声だけが届く。
「そっか。じゃあ、そうさせてもらうよ」
達也はゆっくり立ち上がると、キッチンを横切ってバスルームへ向かった。
夕食は肉じゃがだった。
味噌汁、サラダ、ひじき煮、ちょっとしたおつまみも用意されていた。
彼女は料理が得意だ。
結婚して以来、イマイチ、と思ったものを作ったことがない。
ただ新婚当初は、2人分という量がなかなかつかめなかったのか鍋いっぱいに煮物を作ったりしていた。
でも残すと、彼女は残念そうな顔をしたので、何とかして全部食べたものだ。
今ではちょうどいい量が整然とテーブルに並ぶ。
髪をタオルで拭きながら達也がキッチンをのぞいた。
「おいしそうだね」
「ビール冷えてるわよ」
博子が冷蔵庫から缶ビールと冷えたグラスを取り出し、達也に手渡した。
「先にはじめてて」
達也はテーブルにつくと同時に缶ビールをあけた。
プシュッ!といい音がして、早く飲めとそそのかす。
待ちきれず、彼は缶のまま一口飲んだ。
「あー!うまい」と思わず声がでる。
しばらくして「はい、お待たせ」と笑顔で博子もエプロンを取って、席についた。
久々のふたりでの食事なのに、会話が途切れがちだった。
「これ、おいしいね」と達也。
「でしょ、力作」と笑顔の博子。
でもなかなか話が続かない。
食事も終わりに近づいた頃、博子が箸を休めて話しかけた。
「ねえ、達也さんは暴力団の事件とか取り扱ったりするの?」
仕事のことをあまり聞いてこない博子の質問に、達也は「どうしたの、急に」と聞き返した。
「たいしたことじゃないんだけど」
味噌汁を飲みながら、達也は妻の顔を見た。
一瞬、その目が泳いだのを見逃さない。