はぐれ雲。
「あとで連絡するから」
「ええ」
博子が、達也のかわりにネクタイを締めた。
昼過ぎに達也からメールが届いた。
土曜日の夜、中央区のレストランを予約したとのことだった。
博子たちの住む街は六つの区に分かれる。
住宅街が広がる東区とは違い、中央区は駅、官公庁、大型施設があるほか、駅前通りは百貨店がやおしゃれなカフェやレストランも軒を連ねる。
そしてこの中央区は、でも最大の繁華街を有する。
駅前通を10分も歩けば、きらびやかなネオンに包まれた、歓楽街、本通りが姿を現す。
達也のメールを見た瞬間に、真梨子の言葉が脳裏をかすめた。
『中央区の本通で…』
『会っちゃったの、新明先輩に』
<そこに行ったら、もしかしたら会えるかもしれない、あの人に>
無意識のうちにそう思ってしまった。
しかし、すぐに打ち消す。
「私ったら…。せっかく久々のデートなのに」
博子は鏡を見た。
美容院でも行こうかな…
何を着ていこうかな…
そう鏡の自分に問い掛ける。
でもその中のもう一人の自分が言った。
その街にあの人がいる、一目だけでも会いたい、と。