はぐれ雲。
土曜日。
夕方の駅の改札を出ると、たくさんの人の波に博子は圧倒された。

週末なだけあって家族連れ、カップル、それぞれが楽しそうに博子の横を通り過ぎていく。

やっとの思いで、待ち合わせの駅前広場に出た。

まだ達也は来ていない。

服は迷ったが、薄いブルーのブラウスと白いスカートにした。まだ、肌寒いのでその上からショールを羽織る。

いつもとは違う自分に、彼は何か言ってくれるだろうか。

人混みの中を、博子は達也を探してキョロキョロした。

<今朝は、黒っぽいスーツを着て行ったはず…>

そう思い、背が高くて黒っぽい服装の男性を目で追う。


『黒いスーツをビシッときめてね…』

『背の高い…』
また、真梨子の言葉を思い出す。

『新明先輩だった、間違いないよ』


博子は固く目をつぶった。

<誰を探してるの、私は>

こんな時に…
自分を腹立たしく思う。

そして達也が早く来てくれることを願い、ハンドバッグを持つ手に力を込める。


どれだけたくさんの人たちが、博子の前を横を後ろを通り過ぎていったことだろう。

自分と同じように待ち合わせをしていた人たちは、すでにいなくなっていた。
次々と新しい顔ぶれが彼女の周りで待ち合わせする。

博子だけひとり、その場を動けなかった。

携帯の時計を見る。

18時40分。

達也からは何の連絡もない。


メールを送ってみたが、返信はなかった。

電話…かけてみたかったが、仕事中だといけないと思い、やめた。

この夫婦の間には達也でもなく、博子でもなく、「刑事」という仕事が中心に居座っている。
彼女がどんなにあがいても、その場所を譲ってはくれない。

でも今日は絶対大丈夫、そう思っていた。
いや、そう思いたかった。

19時半を過ぎた。

ヒールの高い慣れない靴を履いてきたせいで、博子は足にじんわりと痛みを感じていた。

辺りはますます人通りが激しくなる。

ふいに、握りしめていた携帯電話が、鳴った。


< 78 / 432 >

この作品をシェア

pagetop