はぐれ雲。
達也は博子との待ち合わせ時間に間に合うよう、署を出ていた。

ここからだとバスに乗れば、15分ほどで着く。

桜井が、まるで自分のことのように嬉しそうな顔で送り出してくれた。

「楽しんできぃや。今日ばっかりは何も起こらんでくれと、祈っとくわ」
と達也の肩を優しく叩いた。

久々の博子との外食。

刑事になってからというもの、二人で出かけることなんてなかった。

博子には寂しい思いをさせて、心底申し訳ないと思う。


だから今日、どうしても伝えたいことがある。

一緒にいられなくても、博子を誰よりも大切に思っている、それをどうしてもわかってほしかった。

<うまく言えるかな>

達也は頭の中で、シミュレーションしていた。久々だ、こんなセリフ、と内心笑いながら。


バス停まで来た時、ふいに携帯が鳴った。

博子からだと思った。「もう着いてるからね」とでも連絡してきたのだろう、と。

ディスプレイを見ると、妻の名前ではなかった。

その代わり
「わしや、すまん。さっき別れたとこやのに」沈んだ声が鼓膜を震わせた。

声の主は、桜井だった。

「殺人や」

天を仰ぐと、達也は署へ駆け戻った。


食事に誘った時に見せた、不安と期待が入り混じった顔が目に浮ぶ。

<ごめん、博子。また約束、守れそうにない…>

彼女になんて言おう、そう考えているうちに達也は署で待ち受けるパトカーに乗り込んでいた。

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