はぐれ雲。
春は進級の季節。

新6年生の中から、新しいキャプテンが選ばれる。

代々のキャプテンがそうであるように、剣道の一番強い亮二が選ばれるに違いない、当然のようにみんなそう思っていた。

「でもさ、新明くんがキャプテンってちょっと…。なんかやりにくいよね」

真梨子がそうぼやいたが、博子は答えなかった。

確かに亮二は淡々としすぎている。

あんなに厳しい練習に耐えて挑んだ団体戦の決勝。

僅差で敗れた時、道場に通う者全てが悔し涙を流した。先生も、保護者も。亮二をのぞいては…

博子には、不思議な光景だった。

悔しさはないのか、と。

全てにおいて、彼は一歩引いて物事を見ているように感じられる。

まだ「子ども」だった博子には、その様子が到底理解できないものに思えた。

一緒に笑ったり、怒ったり、泣いたり…そんな彼を一度も見たことがない。


そんな亮二がキャプテンだと、下級生もやりにくいのは明らかだ。

キャプテンは小学6年生から幼稚園の子どもにいたるまでの、幅広い年齢の子をまとめ、常に周りに気を配らねばならない。

けれど博子は内心、彼がキャプテンでもいいと思った。

無口だけれど、感情を表に出さない人だけれど、剣道に対する姿勢は誰よりも真っ直ぐな気がしたから。

彼の真っ直ぐな竹刀さばきが、博子をそう思わせたのだ。

決して相手の喉元から剣先がぶれない。

そこから繰り出される面は素早く、そしてきれいだった。

だから、博子は心のうちでひっそりと彼をキャプテンに推していた。


「キャプテンはタケシにやってもらおうと思う」

その先生の声に、道場中がどよめく。

結局、キャプテンとなったのは明るくて社交的な男子だった。

道場の先生も、亮二の性格を考えてのことだったのだろうか。

そうであるなら、仕方ないといえば仕方のないことだ。

でも、誰が見ても亮二が一番強い。

そんな彼は、キャプテンにはなれなかった。

「やっぱりね。キャプテンが愛想悪いと、道場のみんなが暗くなっちゃうよね」

真梨子が小声で言った。

でも、博子は見てしまったのだ。

照明のぶら下がる天井を仰ぎ、一瞬大人のようなあきらめをたたえた微かな笑みを浮かべた新明亮二を。

そして長い瞬き一度して、膝に置いた手を強く握りしめる彼を。

見てはいけないものを見てしまったような気がして、その夜、彼女は眠れなかった。

その時の顔が、大人になった今でもずっと博子の目に焼き付いて離れない。





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