はぐれ雲。
博子は咄嗟に振り向く。
若い男たちを数人引き連れて、背の高いその男は歩いて行く。
あの歩き方、ポケットに手を突っ込んで歩く姿…
「リョウジさん、あの件なんですが…」
<リョウジ!?>
誰かがそう切り出すと、男は足を止めて指示を出し始めた。
あの横顔。
あの目、筋の通った鼻。
間違いない、忘れるはずもない。
しばらくすると、彼を取り巻いていた男たちは方々に散っていった。
彼は一人になると、おもむろに胸ポケットから煙草を取りだし火をつける。
やはりその手の甲にアザが。
博子はゆっくりと震える足で彼に近づいた。
<間違いない、新明くんよね。いつからここにいるの?どうしてあの時何も言わずに行ってしまったの?>
封印したはずの想いが、次々にあふれ出てくる。
「…新明くん?」
やっと出た声がかすれて、届かない。
「新明くん!!」
博子はもう一度彼の名を呼んだ。
まるで叫ぶかのように。
一瞬二人の間だけ、街中のざわめきが消える。
煙草をくわえた男が、ゆっくりと…
ゆっくりと彼女を振り返った。