はぐれ雲。
ある夏の練習日。

練習も中盤に差し掛かった頃、にわかに先生や見学に来ていた保護者がざわめきだした。

子どもたちもそんな様子に敏感に反応し、練習が中断してしまう。

「なになに?どうかしたの?」

子どもは子ども同士でいろいろと憶測する。

しばらくして先生が亮二に手招きをして耳打ちをすると、切れ長の彼の目がみるみるうちに大きくなって、充血していった。


次の瞬間、亮二は胴着を着たまま道場を飛び出した。

外から自転車のスタンドを跳ね上げる音がしたと思うと、タイヤがアスファルトに擦れる音が響く。

ただならぬ様子に子どもたちは一言も発しなかった。

何が起きたのかも知らされることなく、その日の練習は途中で打ち切りとなった。


下級生が道場を出た後で、博子は亮二の様子を思い出しながら置き去りになった彼の防具や竹刀を片付けていた。

今夜は花火大会。

パーン、パーン

音だけ聞くとなんて軽い音なんだろう。

これがあんな大輪の華が弾ける音なのかと信じられないくらい、拍子抜けするほどの軽いものだった。



博子は夜空に咲く花を思い浮かべながら、彼が取りに来た時にすぐにわかるように、防具をすぐ目に付くところに置いた。

大変な事が起こった、ただそれだけは大人たちの様子からわかった。

<新明くんが、あんな顔をするなんて…>

ふと彼の竹刀を見ると、柄には力強い字で「新明亮二」と書かれてあった。

< 9 / 432 >

この作品をシェア

pagetop