はぐれ雲。
ビルの階段を上りながら、先ほどの身なりのいい男が言った。

「あの女、いい度胸してんな。一人でよく来たもんだ」
そう言って鼻で笑う。

そして「あの女を調べろ、三日以内だ」と後ろの若い男に命じた。


重いドアを開けると中にいた男たちが一斉に立ち上がり、その男に恭しく頭を下げる。その様子を満足げに見下ろしながら、彼は言った。

「今事務所の前で女が一人、この中の誰かを探している」

今までにはない事態に、男たちがざわめいた。「女だってよ」ひそひそ声も集まれば大きくなる。

明らかに連中は色めきだっていた。
何だかおもしろそうなことになりそうだ、と予感して。

亮二もその中にいたが、相変わらず無表情のまま何も言わなかった。

そんな彼を見て、男はまた笑う。

「亮二」

「はい」

「窓の外、見てみろよ」

彼は言われた通りに、窓に歩み寄った。

他の男たちはすでに静まり返っている。

そして彼は物陰にいる女を見つけた。

「行ってこいよ」

「いえ、林さん。自分はあんな女、知りません」

嘘だった。

先日肩がぶつかった女だということは一目でわかった。

「知ってても知らなくてもいい。追い返してこいよ」

「…はい」

林と呼ばれた男は煙草をくわえた。

そう、あの圭条会大幹部の林哲郎だった。

すかさず、亮二が火をつける。

「おまえが帰ってきたら、例の話を始める。さっさと行けよ」

亮二は頭を下げると、静かに部屋を出た。
また連中は騒ぎ出す。

「やっぱり亮二さんだぜ、女がほっとかねぇな」などと言いながら。

それを聞きながら、林は窓から女の様子をうかがってにやりと笑う。

「昔の女、か」と。


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