はぐれ雲。
「離して!」
つかまれたところが、ジンジンする。

数歩進んだところで、亮二は止まった。

林からはここは見えない。

彼は博子の手を引き寄せると、耳元で言った。

「いいか、ここはおまえみたいな女が来るとこじゃねぇんだよ。帰れ、すぐに」

「でも、新明くん」

「いいから、帰れ!早く!目ぇつけられんぞ。二度と来るんじゃねぇ、わかったな」

それだけ言うと亮二はゆっくりと手を離し、背を向ける。

低い怒りに満ちたような声とは裏腹に、あの瞳はなぜか優しい光を放っていた。


博子はつかまれていた手をそっとさすった。
痺れたように熱を帯びたこの手首。

何も言えなかった。
角を曲がる彼をただ見つめるしかできなかった。

<彼はきっと私のことを覚えている。知らないなんて嘘。口は嘘をついても、あの澄んだ目だけは嘘をつかない>



「あら、亮二。迎えにきてくれたの?ちょっと待ってて」

リサはAGEHAの店の扉を閉めると、鍵をかけた。

「ねえ、家に寄ってく?」

無言の亮二の腕にリサはからみついた。


部屋に入るなり、亮二はリサをベッドに押し倒す。

「やだ、亮二ったら」

リサはくすぐったそうに笑ったが、すぐにそれもあえぎ声に変わる。

亮二はリサを激しく抱く。

今日会いに来た女の目が、頭から離れなかった。

何もかも思い出させるあの黒目がちな瞳。

あの声も、つかんだ手首の感触も、左の薬指に光る指輪も、すべて自分の中から追い出したかった。

今夜はリサの自分を呼ぶ艶めいた声も、聞こえない。

いつもは邪魔だと思う、しつこいくらいにまとわりつく長い髪も、気にならなかった。



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