はぐれ雲。
事務所に着くと、林とその側近の男が彼を待っていた。
「座れよ」
煙草をふかしながら、林は言う。
「いえ、このままで」
亮二は立ったまま、軽く頭を下げた。
「おい」林は男に目配せする。
「加瀬博子30歳。旧姓葉山。
南小学校、南中学校、中央南高校、N大学卒業後すぐに結婚し、今現在東区在住」
亮二は目を閉じた。
その様子を林が窺う。
「夫、加瀬達也31歳。現在県警本部、捜査一課所属。階級は巡査部長」
「誰のことか、わかるだろ」
亮二は答えなかった。
「あの女だよ。この前ここに来ていた」
「そうですか」
「知り合いだろ。隠すなよ。調べる前からわかってたよ。あの女を見た瞬間に、おまえの顔が浮かんだ。不思議だろ?」
「……」
「昔の女か」
「いえ、ただの知り合いです。先日、本通りでたまたま再会しまして」
林は煙草の煙を天井に向け、フーッと吐き出した。
そんな話はどうでもいい、というかのように。
「旦那が刑事だとよ」
そういうとソファーから立ち上がって、窓のブラインドをあげはじめた。
「昔は県警の中にも、俺たちと通じて捜査情報を流してくれる刑事もいた。その見返りに俺たちも他の組の情報を流したり、金を積んだりもした。持ちつ持たれつだったんだよ。
今じゃ、それが問題となって、捜査四課は人員の総入れ替えだ。情報も入りにくくなっちまった」
青空がビルの隙間からのぞいている。
亮二には林の言わんとすることがわかった。
「あの女をうまく使え」
彼は微動だにしない。
「亮二」
「はい」
林はゆっくりと近づいてきた。