はぐれ雲。
「わかるだろ?あの女、おとせよ。おまえに夢中にさせておけ。いつでも使えるようにな」

そう言って、亮二の襟元を林は正した。

「しかも、昔から俺を追ってる刑事が一課にいてな。証拠不十分で釈放になってから、ことあるごとに俺を監視してやがる。いざという時に警察の情報を聞き出せ。今後、いろんなところで役に立つかもしれねぇ」

「しかし」

側近が口をはさんだ。

「あの女自体、亮二を利用しようと思って近づいたのかもしれません」

「それは、ねえよ。な、亮二。あの女はそんなことしねぇ…」

彼は黙ったまま。

「そういうことだ、頼んだぞ」

林は彼の頬を軽く叩いた。

「…はい」

深々と頭を下げると、亮二は事務所をあとにした。


抜け目のない人だと思った。


たまらず亮二は空を仰ぐ。

同時に、林を恐ろしいと感じた。

雲ひとつない真っ青な澄んだ空。

あまりにも眩しくて、サングラスをかけた。

あどけない制服姿の少女の顔が、瞼の奥で彼に笑いかけた。


「いいんですか」と側近が尋ねる。

「何がだ」

「亮二とあの女のことです」

林は笑った。

「見ただろ、冷静で憎たらしいほど落ち着き払った亮二の顔が、さっきは一瞬ひきつったぜ。
あの女は亮二にとって、ただの遊びや仕事のための女じゃねえ」

「ですが、危険ではないですか?」

「あいつを試すにはいい機会だ。亮二の物思いにふける顔も見てみたいってもんだよ」


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