はぐれ雲。
博子は冴えない顔で官舎の前の坂を下りていった。

こんなにいい天気だというのに、気持ちはすっきりしない。

あれからますます夜、眠れずにいた。

理由はわかっていた。

一つは、達也とギクシャクした日が続いているということ。
達也も博子も言いたいことがあるのに、お互いにごまかしている。

もう一つは、自分の軽率な行動が腹立たしくて仕方ないこと。
何事もなく帰って来られたからいいものの、亮二が本当に圭条会の一員かどうか、一人で暴力団の本部事務所に行くなんて…

そして最後の一つ。
これが一番大きな理由だった。
亮二のあの目。

<彼は私のことを忘れてなんかいない。人違いだなんて、絶対に嘘>


しかしどうであれ、博子がもう足を踏み入れてはいけないところで、彼は生きている。

早く忘れなければ…

そう思うたびに気持ちが沈んだ。

会えば彼への気持ちに整理がつくと思っていたけれど、かえって混乱してしまった。

あの日突然止まってしまった博子の恋は、さらに身動きができなくなってしまったのだ。

博子は立ち止まって、大きなため息をつく。

<会わなければよかった…>心底そう思う。


その時、黒い影が彼女の前に立ちはだかった。

「きゃっ」と小さく悲鳴をあげる。
それから目の前にいる人物に、目を大きく見開いた。



「…新明くん」

「ちょっと、いいか」

ネオン街で会った時のように、黒いスーツに身を包んだ亮二が目の前に立っていた。






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