はぐれ雲。
「どうして私がここに住んでるってわかったの?」

駅前の小さな喫茶店。

ここは今はやりのカフェと違って、ボックス席が3つとカウンター席が5席といった、こじんまりとした店だ。

メニューも数えるほどしかなかったが、無口でひげ面のマスターが淹れてくれるコーヒーは香ばしく後味がやわらかくて、博子は好きだった。

今、二人はそのコーヒーを前にして向き合っている。

亮二は博子の質問に、正直に「調べた」と言った。

「じゃあ、主人のことも?」

「…ああ、知ってる」

「そう…」

博子は無理に笑顔を作った。

正直に言えば達也のことを知られたくなかった。

初恋の人には知られたくないことの一つが、夫のこと。

どうやって知り合ったとか、いつ結婚したとか、職業は何かとか…。

ましてや夫の達也は警察官、亮二は現役の暴力団幹部なのだから。


「あの、この前はごめんなさい。あんなところまで押しかけちゃって。私、どうかしてた」

博子は両手でカップを包んだ。

じわじわと熱が伝わってくる。

けれど気にならなかった。

胸の方が何倍も熱くなっていたから。

「いや、いいんだ。俺も失礼なことを言って、嫌な思いをさせた」

「…ううん、そんなことないわ」

博子は目のやり場に困った。

真っ直ぐに彼を見ることができない。

あんなに会いたいと願っていたのに、何から話していいのか、わからない。

あんなにたくさんの思いが、心から溢れ出しそうだったのに。

いざ彼を目の前にすると、何も言えないのだ。



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