NAIL
「ご、ごめん、なさい」

 言葉を覚えたての赤子のように、言葉を区切って喋る。緊張で、上手く舌が回らないのだ。

「美知子さん。あ、美知子さんって呼んでも良いかな」

 その言葉に、美知子はこくこくと頷いた。恐らく顔は真っ赤になっていた事だろう。

 憧れの人物が、自分に微笑みかけている。それに『美知子さん』だなんて。今まで男性に一度として呼ばれた事の無い呼び方に、彼女は興奮した。

「そんなに緊張しないで。僕はもっと美知子さんの事が知りたいんだ。美知子さんも僕の事を知って貰いたい。迷惑でなければ僕の事も達也と呼んで欲しいな」

 嬉しい、と素直にそう思える。まるで口説き文句のようだ。頬に手を当てると、顔が火照っているのが解った。

 彼も照れているのだろうか。落ち着き無い仕草で顔を背けて鼻の頭を指先でなぞっている。それが愛しくて、つい笑みを漏らしてしまった。
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