NAIL
 夜はディナーに誘われた。美知子にとっては初めての経験だ。同性と食事に行く事はあっても、異性と行く事なんて全くない。しかも、あの識井達也に誘われるなんて。

 識井達也は、営業一課の稼ぎ頭だ。甘いマスクと饒舌な口述で、いくつも契約を取って来ている。

 そんな彼は勿論、モテる。社内は勿論、社外の女性からも声をかけられる程だ。密かにファンクラブまであったりするらしい。

 おまけに独身とあれば、女性達は必死だ。バレンタインの時等は戦争となる。

 美知子もバレンタインチョコをあげた事があった。だがそれは、他のチョコにまみれて、きっと彼の口には入らなかった事だろう。

「でね、うちの部長が……。……あれ、中島さん? あ、ごめん、僕ばかり喋っちゃって。つまらなかったよね」

「えっ、い、いえ、そんな、こ、ことない、です……」

 思わず声が上擦る。緊張の所為で、思考があっちこっち飛んでいたらしい。彼の話は全く耳に入っていなかった。
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