少女の始まりと残酷な終焉。
濡れた眼鏡を拭き、朝からドジを踏んだ自分を慰めるように、
何故か私の脳は現実逃避を始めていた。
朝食を済ませるリビングへは向かわず、自分の部屋に戻った。
音楽プレーヤーのイヤホンを外すと、音がスピーカーから流れ出る。
その音を流し聴きしながら、クローゼットから制服を取り出す。
制服に袖を通しながら、私は音楽プレーヤーから流れる歌を口ずさんだ。
自分の声はあまり好きではない。
だが、この歌を歌う時は、自分の声を好きになる事が出来る気がする。どうしてかは分からないが。
全身鏡の前に立って、きゅっと空色のネクタイを締める。
少し長さが気に入らなかったが仕方がない。
鏡から目を逸らして、音楽プレーヤーの電源を切った。
7分後、私はようやくリビングに来ていた。
テーブルの上にサラダの入ったガラスボウルをトン、と置き、トーストとヨーグルトを並べた。
朝食を採る為、イスを引きながら私はテレビのリモコンに手をのばす。
平日の朝にやっているのは殆どニュース番組だけだが、朝食時にテレビをつけるのは私の日課だ。
どこの国で何が爆撃されただとか、何の立場の誰が辞任しただとか、そういうのは私の知ったこっちゃないものの、ニュースぐらい見なくちゃ世間知らずのような気がしてならない。
もしかすると、テレビをつけるのは一種の逃避行為なのかもしれないが。
朝食を済ませ、テレビの電源を切り、時計を見上げると既に7時45分だった。
私は美術部所属で朝の活動は無いが、学校まではそれなりに距離がある。
しかも原則として徒歩通学以外認められていないため、家を出るのは登校完了時刻の30分前でなくてはならない。
登校完了時刻は8時10分。
私は急いで立ち上がり、誰も居ない食卓に「ごちそうさま!」と叫んで通学カバンを掴み、家を飛び出した。