Departure

「え……?」

シャッターが閉まるかのようにぴしゃりと放たれた言葉。数秒だけその場に沈黙が流れる。一体何があったんですかと問いかける間もなく、今度は遠くから誰かの名前を呼ぶ声がした。看護婦は蒼の顔を見ずに軽くお辞儀をして声の元へと去って行った。喉の奥で唾と共に飲み込まれた言葉は誰の耳にも届かぬまま頭の中で溶けていく。

「高野くん……」

振り向かなくても分かる。こちらに向けられているのは心配そうに見つめる彼女の視線だろう。蒼は自分の制服のポケットに手を伸ばす。そして携帯を取り出し電話帳のボタンを押した。

―ひかるなら何か知っているかもしれない。

この前ここに訪れた時、花はまだあの病室にいた。いつもと変わる事のない笑みを浮かべて話していたのをはっきりと覚えている。それがどうしてこんなあっけなく、空っぽの空間となってしまったのか。

「高野くん、ここで携帯は……」

彼女が気まずそうに言う。その声と先程の記憶がすれ違うように蒼の脳を過ぎった。

(父さんに呼ばれてるんだ)

教室を出る時ひかるが言っていた。
瞬時に顔をあげ、彼女の顔を見て携帯を再びポケットにしまい込んだ。

「行こう」

「えっ?」

そのまま歩き出す蒼の名をわけも分からない様子で彼女が呼んだ。蒼はもう一度彼女の顔を見て言った。

「会議室だ。ひかるの親父さんに直接話を聞いた方が早い。多分ひかるもそこにいる」

彼の言葉を理解したのか、彼女は素直に頷いた。ひかるの父親がこの病院の院長だという事を彼女も知っているからだ。友達であるひかるとそしてここへお見舞いに来ては何度か顔を合わせたことのあるあの院長なら、きっと花の居場所と容態を教えてくれるはずだとそう思った。


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