Departure
非常ボタンを押したからか、それともセンターの管理者が気付いて作動させたのか。多分どちらでもない。あまりにも不自然すぎるこの出来事は、神のいたずらだと言ったほうがしっくりくるのではないだろうか。
鈍い音を立てて、エレベーターの扉がゆっくりと開かれていく。とてもゆっくりと。そう広くはないエレベーターの中、後ずさろうとした彼女の背中が真後ろの壁に当たる。蒼はというと硬直したままで、ただ胸の鼓動が速まるのを感じていた。
小さな隙間から見えるこの扉の向こうに、何かいる……
扉が完全に開ききるとそれが人の姿だということが分かった。
消えかかった照明の下、女は今にも殴りかかりそうな体勢で相手の男の胸倉を掴んでいる。その二人は驚いた顔で目をぱちくりさせた。それはどうも見覚えのある顔で、こちらは更に驚いた。
「……し、志奈ちゃん?真広くん……!」
「純子!高野と純子じゃん!!」
女は男から手を離し、エレベーターの中の蒼と彼女を順に指差したあと感極まって彼女に抱きついた。男も蒼の顔を見て安心したのかほっ、と一息つく。クラスメイトの鳥居志奈と進藤真広だ。彼女が「用事を済ませてから来る」と言っていたのはこの二人の事だった。
「でもどうして……」
抱きつかれたまま彼女はそう言って志奈と真広の顔を交互に見た。
「私が聞きたいよ!ここどこなの?私達、花ちゃんの病室に行こうとしてエレベーターに乗ってたらなんか急に止まっちゃってさ。てっきり真広が変なボタンでも押したのかと思って今問い詰めてたとこなんだけど」
「だからなんでそうなるんだよ、お前は」
ふいに、蒼と彼女の中で志奈の言葉がもう一度蘇る。彼女の顔を見ると同じことを思ったのか唇に手をあて不思議そうな顔を浮かべた。
「ということは……六階に行く途中で止まった、ってことか?」
「え、……うん」
「……私達、六階から昇ってきたんだよ……?」