【キセコン】とある殺し屋の一日
「おじさぁん、待ってぇ~。もしかして、もう残ってないの?」

はぁやれやれ、と思い、息をついて藍を追う。
与一が屋台に着く前に、向こうから藍が戻ってくる。
その姿に、与一は本日何度目かの胡乱な目になった。

満面の笑みで走ってくる藍の手には、両手いっぱいの稲荷寿司が、てんこ盛りだったのだ。

「えへへ~。おじさん、もう店じまいだからって、残り全部くれたの~」

心底嬉しそうに、両手の稲荷寿司を掲げて見せる。

「そんなに、どうするんです」

「よいっちゃんも食べるでしょ。いっぱい食べないと、大きくなれないわよぅ」

「稲荷ばっかりで、そんな大きくなれません」

「もう。可愛くないんだから。ああっ!」

いきなり藍が、稲荷を見ながら声を上げた。
泣きそうな顔で、与一を見る。

「両手塞がってるから、食べられない~っ」

何事かと思った与一の肩は、この一言で、がっくりと下がる。
そんな与一の様子も気にせず、藍は、うわあぁん、と泣き出す始末だ。
与一は藍の手から稲荷寿司を一つ取り上げると、ひょいと彼女の口に入れてやった。

「むぐ」

稲荷を含んで、藍は途端に笑顔になる。
与一はいくつか自分の口にも放り込むと、藍の両手を塞いでいる稲荷を、代わって持ってやった。

「うふふ。やっぱりよいっちゃんは、何だかんだ言っても優しいわねぇ~」

稲荷寿司を食べながら、藍が与一を見上げて言う。
時折与一の口にも稲荷を入れてやりながら、藍はぴょこぴょこと鎮守の森を歩いていく。


行動・存在、全てが奇々怪々。
この不思議な(見かけ)幼子(おさなご)の藍に振り回されて、今日も与一の一日は終わるのだった。



*******終わり*******
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