泳ぐ鳥と飛ぶ魚
「なんだ、魚見は泣かねえのな」
矢野が詰まらなそうに溜め息を吐く。
俺は横目で矢野の視線の先を盗み見る。
その先にいた女生徒は泣くでもなく、鋭い目線で、ステージ場の伊勢の写真を見据えていた。
眺めているというよりも睨むに似ていて、彼女の目はひたすらに視線を定めている。
あれが、魚見。
彼女に関してはほとんど何も知らない。
「魚見さんって知らない?
伊勢くんの"今の"彼女だよ。
ほら隣のクラスでさ、髪真っ黒で長くてさ、色白の。
で、結構大人っぽい感じっていうか、物静かな感じの人。
なんか、どことなく幽霊みたいでさ、憂鬱そうっていうか。
あんまり喋んないしさ、伊勢くんとは全然釣り合わない」
ついこの間、隣の席の女子が、彼女と委員会で一緒になったと愚痴を言っていたのを思い出す。
姿も見たことがない、"魚見さん"。
他人から聞いた噂でしか彼女は俺の中に存在していなかった。
俺は彼女のことをそれ以上何も知らない。
しかし、一瞬で目を奪われていた。
魚見はじっと一点を見詰めている。悲しみとも違う、怒りとも違う、悔しさや憐れみや愛しさとも違う、言い表せない入り込んだ複雑な表情のまま。
何故、そんな顔をするのだろう。
俺達と違い、彼女は伊勢の一番すぐ側にいたはずだ。
彼女はどういう気持ちでいるのだろう。
高い位置に設置された窓から夏の白い光が差し込んだ。
それは、丁度彼女の頬を照らし、彼女の白い肌を余計に際立たせる。スポットライトが当たったように。
俺の目は彼女から離せなかった。
その時、単純に綺麗だと思った。