泳ぐ鳥と飛ぶ魚
黙祷を終えても尚、彼女はずっと一点を見詰めたままでいた。
「夏休みに入るが、くれぐれも水の事故には気を付けるように。では、教室へ」
矢野は不謹慎にも大きく身体をのけ反らせて伸びをし、やっと終わった、と呟く。
続々と体育館の出入口から生徒が捌けていき、少しの涼しさが入り込んだ。
「魚見、最後まで泣かなかったな。彼女のくせに薄情なやつ。冷てえ女」
矢野は片眉を吊り上げて鼻で笑う。俺は矢野には反応せず、魚見に再び視線を戻した。
彼女は表情を崩さぬまま、ゆっくりと振り向くと出入口へと足を進めた。
思わず彼女の背中を目で追う。彼女は一度も振り向くことなく、黒い髪を揺らして足早に体育館を出た。
あれほど見詰めていた伊勢の写真に振り返りもせず。
「伊勢って、殺されたんじゃねえの。魚見に」
矢野も彼女の遠くなっていく背中を見ながら呟く。彼女が完全に見えなくなった頃、俺もようやくその場を離れる。
ふとステージ上の伊勢の写真を見遣る。
彼は相変わらず、笑っている。
初めてその時、彼が死んだことを実感し、胸が痛んだ。