男装少女-兄の代わりになった双子の妹の物語-


たった、数週間だった。

だけど、ことりの中ではかけがえのないものだった。

ことりが涙を拭き、しっかりとリハーサルを見届けようと思った直後

ストップ!!と言うコンサートの監督の叫び声が響く。

流れていた音楽が止まる。

メンバーも動きを止めて、監督を見た。

ずっと様子を見て居た振付師の七瀬はため息をつく。


「そこの青い衣装を着た君!一人だけダンスが遅れてる!!」

「佐野、ちょっと来なさい。」

七瀬に呼ばれて郁はステージから降りると彼女に歩み寄る。

ここからじゃ声は聞こえないが、注意を受けているのだろう。

ステージに残された他のメンバーの間に微妙な雰囲気が漂い始める。


「郁...」

陽はぽつりと名前を呟く。

「こないだのレッスンも、郁可笑しかったよな。何かあったのか?」

南が陽に問えば、彼は さあ。 と知らないふりをする。


「僕、ちょっと行ってくる。」

「楓!?」

ステージから降り、楓は注意を受けている郁の元に向かう。

「郁!」

楓がそう叫べば、驚いたように振り向いた。

「...楓?」

「僕が貰っちゃってもいいんだ?」

「は?」

挑発的な笑みを浮かべて、郁をまっすぐと見る。

何の事かわからない七瀬と監督は不思議そうな表情をしている。



「仕事に、私情を持ち込まないで。

そんなんだから振り向いてもらえないんだよ。」


「別に、俺は」

「ならしっかりしてよ。さっさと戻るよ。」


ぐい、と郁の手を引いてステージへと引っ張っていく。

「お、おい!」

七瀬は楓を止めたが、もう一回お願いしますと言うだけで止まることはなかった。

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