男装少女-兄の代わりになった双子の妹の物語-
お邪魔します、と告げて中に入る。
「お兄ちゃんお帰りー」
「ただいま」
妹の彩乃の声が聞こえて、思わず肩をビクつかせた。
「あれ?お客さん?」
彩乃は足音がもう一つ聞こえる事に気づき、リビングから顔を覗かせた。
「っえ!?な、なんで森山陽がっ...」
「新曲の練習。彩乃、邪魔しないでよ」
「う、うん」
ほら、さっさと行くよ。と言い、楓はことりを案内する。
彩乃の前を通り過ぎる時に控えめに頭を下げておいた。
とある部屋の前で立ち止る。
楓はそこに入る。ことりも続いて入り、中を見て目を見開いた。
「うわあ...」
「ここ、ダンスレッスン用の部屋」
目の前にとても大きな鏡があり、レッスン場並みの広さのそこに驚きを隠せない。
楓は鞄からレッスン用のCDを取り出すと、近くにある大きな機材にセットし始めた。
「陽君、なんで急にダンス下手になったの?」
ズバリとそう聞かれて、戸惑う。自分は陽ではない、そう言ってしまえば楽なのにそれはできない。
なんて言おうか悩んでいれば、楓は大きくため息をついた。
「ま、どうでもいいけど。僕と同じパートになったからには
ちゃんと完璧にしてよね」
「...うん」
ピ、と再生ボタンを押すと音楽が流れ始めた。
ことりは楓の隣に立ち、始まるのを待つ。
足元がふらふらするが、休んでいる暇はない。
眠気と怠さと疲労が一気にことりに襲い掛かる。
「っ、」
唇を噛みしめて、なんとか堪えた。
「笑顔」
隣の楓に言われて、慌てて笑顔を張り付けた。
無理やり張り付けたぎこちないそれに、楓は無言でことりを見る。
「や、る、気、あ、ん、の?」
むぎゅう、とことりの両頬を引っ張る。
「いひゃい...。」
「いい加減にしてよね。足手まとい、役立たず。時間は限られてる。その中で完璧にしなきゃいけないのに」