男装少女-兄の代わりになった双子の妹の物語-
記憶喪失、そんなのなるわけない。
「記憶喪失になんて、なるわけないだろ。」
「じゃあ、何を隠してるんだ。お前は可笑しい。」
柚希の鋭い視線が、ことりを射抜く。
なんていえば誤魔化すことができるのだろう。
考えるが、案が思い浮かばない。
「何も、隠してない。」
「嘘をつくな。」
声が震えた。柚希が自分の肩をぎゅ、と握る。
自分は陽ではなく、妹だということを言ってしまおうか。
いや、でも、今度こそ、兄の代わりとしてアイドルを続けることができなくなるかもしれない。
カサカサ、
刹那、自分の後ろの壁からかすかに音が聞こえた。
ことりは叫びそうになるのを必死で抑え、震える瞳で柚希を見る。
「...後ろを向くな。」
さっきのことりの慌てようから、後ろにヤツがいることを口に出すのは
やめた方がいいと思ったのだろう。
柚希はことりから手を離すと、こっちに来るように言う。
彼は近くにあった雑誌を手に取り、丸めた。
「ゆ、ゆ、ゆっ柚希!」
「なんだ?」
「もしかして、それでっ、」
「当たり前だ。」
ことりはベッドから降りて柚希の背後にまわりこんだ。
そして彼の背中からそっと顔をのぞかせて前をみる。
「っ!」
居た。
柚希はため息交じりにゴキブリに近づくと、思いきり雑誌を持つ手を振り上げて下ろす。
バシ、
良い音が鳴った。
しかし、手ごたえがない。
「きゃああああっ!」
「?」
柚希が悲鳴に驚き、振り向けばドン、と背中に衝撃が走った。
「...陽?」
陽が、自分に後ろから抱きついている。
ぎゅう、と手を前にまわされていて身動きが取れない。